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ミヒャエル・ハネケ映画祭&『隠された記憶』 [映画祭]

ミヒャエル・ハネケの新作『隠された記憶』の公開を記念して、なかなか劇場公開の機会がなかったものを含めて旧作五本が一挙レイトで公開された。『ピアニスト』を除き未見だったのでいそいそと出かける。そもそも私がハネケに興味を持ったのは、ある日『ファニーゲーム』のビデオをパッケージに惹かれたとかそんなつまらない理由で借りてしまったからで、2001年のカンヌ映画祭グランプリ受賞作である『ピアニスト』だけしか観ていなかったらむしろ積極的に観たくない監督にカテゴライズされそのままであったであろう。
ハネケの映画の特徴は一言で言って観客への悪意であろう。私の場合、彼の女性の性に対しての悪意(特に演出面での)はやはり我慢できなく感じる。『ピアニスト』のバスルームでの剃刀のシーンや、今回観た『ベニーズ ビデオ』の殺害後のシーンなどもやはり耐えがたかった。が私にとってハネケがむしろ積極的に観たい観客に反転したのは、『ファニーゲーム』を観て彼が悪意を持っているのが女性の性だけではなく観客を含めたブルジョワ階級そのものであることに気付いたからであろう(日本ではブルジョワ階級という概念自体にあまり馴染みがなさそうなので、そのへんが理解されているのかちょっと不安に思う時があるんですが)。
今回彼の代表作である『ピアニスト』から十数年近く遡った時に作られた『セブンス コンチネント』『71フラグメンツ』などを観て一番感じたのは、彼の詩的な叙情性である。観客への挑戦状(?)も悪意というよりは仄めかしや提示にとどまり近年の彼の作品ほどのどぎつさはなく、一定の時間でブラック・アウトされるなかで作り出される心地よいリズムは「暗いジャームッシュ?」と呟きたくなるほどである(いや、むしろ舞台から来ているんでしょうが)。単純に美しい。しかしその美しさがラストの破壊に繋がっていくところは紛れもなくハネケ印であった。今回観た四本の中ではこの二本がダントツ。
『ベニーズ ビデオ』は前述したように耐えがたいシーンが続き、評価不能。テレビ用に作られた『カフカの「城」』は「ハネケがわかりやすく撮るとこうなるのか・・」といういい見本だったが、原作の不条理感はよく表されていたのではないだろうか。というか未読なので、観た後猛烈に読みたくなり図書館で借りてきてしまった。ハネケはそれこそが意図だったということなのでそれは成功しているだろう。
そしていよいよ新作の『隠された記憶』。これも2005年度のカンヌ国際映画祭の最優秀監督賞を始め、各国で受賞している。観ながらずっと『セブンス コンチネント』や『71フラグメンツ』でも、難民や紛争のニュースが効果的に使われていたなぁと思い出していた。しかし過去の作品ではストーリー外に追いやられていたそれらは、今回初めて画面にぬっと登場する。ダニエル・オートゥイユ演じるジョルジュにぶつかりそうになった自転車の黒人を始め、回想の中でのアルジェリア人の子供マジッドや、マジッドの息子が画面いっぱいに登場する時の不気味さ、ジョルジュと共に観客が感じる恐怖と疚しさはやはりハネケの独壇場であろう。実は簡単なストーリー要約を読んだだけでは、謎解きの楽しさもあるのではないかとうっかり期待もしたのだったが、やはりそんな生易しい監督ではなかった。私たちはジョルジュと共にその疚しさを体感するだけだ。
ハネケがカンヌ映画祭等で常に高い評価を受けるのは、民族問題、人種差別の問題と切り離せないヨーロッパの政情が勿論影響しているのだと思う。そしてハネケの素晴らしさは、政治的イデオロギーから無縁な場所で映画を創るからこそ、右も左も、共産主義者もフェミニストも敵にできることだ。ハネケは決して弱者の味方などにはならない。彼は強者の暴力を描くと同時に、弱者の愚かさといやらしさをも同時に画面に映し出してしまう。ハネケのこのように述べる。「わたしにとって政治的なメッセージを込めた映画はつまらない。個々の人間の心の奥底に突き刺さるものを作らないと面白くないと思うのです」。ヨン様と『パッチギ!』で朝鮮問題を「考えている」かのように振舞うわが国のことを考えると、自分も含めて暗澹としてくるが、この映画祭が連日満員だったことを考えるとそう悲観したものでもないかもしれない、とも思う。
内田先生のブログhttp://blog.tatsuru.com/archives/001706.php#trackbacksを読んでいたらたまたまカフカが出てきた。内田先生は村上春樹とカフカに共通する問いを「父のいない世界において、地図もガイドラインも革命綱領も『政治的に正しいふるまい方』のマニュアルも何もない状態に放置された状態から、私たちはそれでも『何かよきもの』を達成できるか?」ということだと書いている。城はどこにあるか、仕事にありつけるかもわからない、雪は深く寒いけど、私たちも、ぼちぼち歩いていくことにしますか。

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  • 発売日: 2002/05/03
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