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身勝手な夢 [エッセイ]

ドゥルーズ「無人島1969-1974」より、「資本主義と分裂病」、ドゥルーズとガタリに対するインタビュー。引用したいところだが長くなるのであとがきの簡潔な要約。
「ある精神科病棟で、インターンたちが、病院長の禁止命令に反して、ひそかに病室でトランプ遊びをするのを常としていた。かれらが選んだ病室は、カタトニー状態の患者の病室であった。ある日、トランプ遊びが目に入らないようにとのことで看護人の手によって顔を窓側に向けられていたその患者が、たった一言だけ、「院長が来た」と声を発した。その後、患者は再び沈黙状態に戻り、そのまま数年後に死亡した。こんなエピソードである。ドゥルーズはその患者に希望を見出し、ガタリはそのインターンたちに絶望を表明していた。」
或いは内田樹氏の2005年12月24日の日記。http://blog.tatsuru.com/archives/001448.phpこちらはリンクフリーということなので長々と転載。
「無意識と時間意識のかかわりについて考えるきっかけになったのは先日春日先生にうかがった統合失調症の「幻聴」の話である。幻聴というのは、自分の思考が声になって聴こえるという病症である。幻の声が自分の思考を「先回り」して言い当ててしまう。本を読んでいると、本のまだ読んでいないところを幻の声が読み進んで筋をばらしてしまう。これを患者は「宇宙人からの指令が聴こえる」とか「脳内にチップを埋め込まれた」といった定型的な作話によって「合理化」しようとする。
でも、よく考えたら、「そんなこと」は誰にも起こる、まるで当たり前の出来事なのである。アナグラムの例から知られるように、私たちは瞬間的に一望のうちに視野にはいるすべての視覚情報を取り込んで処理することができる。本を開いた瞬間に見開き二頁分の視覚情報を入力するくらいのことは朝飯前である。だから、私たちは実は頁を開いた瞬間に二頁分「もう読み終えている」。
しかし、私たちは「すでに読んでしまった文」を「まだ読んでいない」ことにして、一行ずつ本を読む。
なぜ瞬間的に入力された情報を段階的に取り出すような手間ひまをかけるのか。私にはその理由がまだよくわからない。よくわからないままに、直感的な物言いを許してもらえれば、たぶん、それは「手間ひまをかける」ということが「情報を適切に処理すること」よりも人間にとって重要だからである。「手間ひまをかける」というのは言い換えると「時間を可視化する」ということである。おそらく、無時間的に入力された情報を「ほぐす」という工程を通じて人間的「時間」は生成する。一瞬で入力された文字情報をあえてシーケンシャル処理することは、知性機能の「拡大」ではなく、機能の「制限」である。私たちの知性はおそらく「見えているものを『見えていないことにする』」という仕方で「能力を制御する」ことで機能している。
それに対して、統合失調の人たちはおそらく「見えているものが無時間的にすべて見えてしまう」のである。かれらは「〈超〉能力が制御できない」状態になっている。発想の転換が必要なのだ。
私たちは精神病というものを知性の機能が停滞している病態だと考えている。人間の認識能力が制御されずに暴走している状態が統合失調症なのである。私にはそんな気がする。」

長々と引用したのは、二つの文章の類似を指摘したいためでもそれに関して何か持論を展開したいわけでもない。そもそも統合失調症に関する知見がそれほどない。ただ私が心打たれたのは、この文章は二つとも、当の統合失調症の人たちにはほとんど届かないのだろうという事実だ。別に自分をドゥルーズや内田氏と較べる気など毛頭ないのだが、先日、ある人と話をしていて同じようなことを感じた。私の考えていること、書いてることは「身勝手な夢」なようなものではないか、という疑問だ。虐げられ、蹂躙されている人のために考え、書いているようなつもりでいるだけで、その言葉は当のその人たちには決して届かない。結局のところ「自分自身のために」身勝手な夢を、見ているだけなのではないか。

内田氏の引用は続く。「私たちの中では実際に無数の声が輻輳し、無数の視覚イメージが乱舞し、私たちの理解を絶した数理的秩序が支配している。その中の「ひとつの声」だけを選択に自分の声として聴き取り、「ひとつの視野」だけを自分の視線に同定し、理解を絶した秩序の理解可能な一断片だけに思念を限定できる節度を「正気」と言うのではあるまいか。」
成る程、そうするとまだ私は正気のようだ。しかし正気と狂気の境界線にそんなに意味があるのかと問いたい気持ちにも駆られる。私が「身勝手な夢を見る、狂人」であっても、世界はさほど変わらないような気がするのだ。


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