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99999[ナインズ]/デイヴィッド・ベニオフ [書評]

この本を手に取ったのは勿論『STAY』を観て脚本家のデイヴィッド・ベニオフに興味を持ったからだ。スパイク・リーが監督した『25時』は観た直後は熱のこもった賛辞を書いたものの、結局その年挙げたベスト10には漏れてしまった。ベニオフの脚本はいいんだけどその良さがとても儚ないものだというイメージがあり、『STAY』でもそのイメージは覆されなかった。
しかしその儚き美しさがむしろ文学には合っているのではないかという一抹の期待が私にこの本の頁をめくらせた。そして8篇からなるこの短編集は一篇目から私を魅了した。そのイメージの豊穣さ、人間の、人間が作り出す世界の掴み方のキメラのような驚くべき複雑さ、精緻さ。才能は疑いようがない。むしろ映画監督の方が彼の脚本を使いこなせていないのではないかという感想を持った(特にスパイク・リーなどは。マーク・フォースターはわりと健闘しているのではないかとは思うが)。
何よりも、叙情的にもシニカルにもなりすぎない微妙な匙加減が効いた読後感が本当に素晴らしい。パーティの始まる前のお喋り、ライブの始まる前の一瞬の静寂、花火の上がる前の夕暮れ、読者はあらゆるエクスタシーの直前の瞬間のような至福の読後感を得られるであろう。
訳者である田口俊樹氏は後書きで「どの作品を見ても読後ほのかなぬくもりが胸に残るのは」「ぼんやりとしたあきらめを知る眼を通して世界が描かれ、等身大でありながら印象深い登場人物もまたそうしたあきらめを体得しているからだろう」と書いている。私はこの本の登場人物たちが「ぼんやりとあきらめている」から、「読後ほのかなぬくもりが残る」のだなどとは思わない。これは比較の問題なのか世代の問題なのか分からないがとにかく私はそう思わない。戦争、エイズ、嘘、裏切り、不慮の事故、あきらめなければならないことが多くても、彼らは決してあきらめていない。確かに彼らは怒りの鉄拳をふりかざしたり革命を起こしたりはしないのだが、彼らの願いは、彼らの愛は、暗闇の中をひっそりと流れていく音楽のように確かに耳を打ち、場を、時間をその美しさで満たし永遠のものとする。
この短編集はその一行を読んで鳥肌が立ってしまった箇所が少なくとも二箇所あり、その鳥肌の立ち方で思い出したのは村上春樹の短編「神の子どもたちはみな踊る」であった。関連はまだ自分でもよく分析しきれてないのでできたら後日してみたい。でも単純に文学で鳥肌が立つのって結構珍しいよね。おススメ。

99999(ナインズ)

99999(ナインズ)

  • 作者: デイヴィッド ベニオフ
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2006/04
  • メディア: 文庫


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コメント 2

ok

TBした際、コメントをかくのを忘れてしまいました。
失礼しました。
ほんとにベニオフは匙加減が絶妙ですよね。
アメリカの現代文学はシニカルに偏りすぎていたりするのものが
多く感じるので、巧いことは認めるけれど、私は好きじゃないと思う
作品が多々あるのです。その点、ベニオフはぜんぜん違うなぁと…。
読んでいて心がググッと鷲づかみされるようなことが何度もありました。
by ok (2006-07-02 15:24) 

miyukinatsu

コメントありがとうございます。そうですよね、私もこの本を読んで映画を観るだけでは掴みづらかったベニオフの資質や作品の持つ力を理解できたような気がしました。『STAY』観ていないとはある意味うらやましかも。ちょっとわかりにくい映画なので、ベニオフの資質や世界を理解していることが鑑賞の助けになると思うのですが。またご覧になったら感想を聞かせてください。
by miyukinatsu (2006-07-03 21:18) 

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